See the Whole World 全体を見ること

おととい、昨日、今日―。

毎日おおよそ3回の食事において、

肉であっても野菜であっても

口に運ぶその食べものが生きていた、

ということを意識したことは実に何回あるでしょうか。


「食べる」ということは、

日々生きていくための基本であるがゆえに

日々淡々と繰り返されがちで、

だからこそ私たちはそれについて

よく考えることをしなくなってしまいます。


ふとすると、

食べものは生きているということ、もしくは生きていたという、

実に当たり前の事実をも忘れてしまいます。


だからこそ、考えることを意識的に行うことが

とても大切ではないでしょうか。

ある日の午後の麹町カフェ。

その日も、高知県四万十町にある四国デュロックファームから

イモ豚が半頭届きました。

これから自分たちが調理し、お客さんの口に入る豚。

その生きていた姿を目の当たりにします。

普段なかなか見ることの出来ない豚一頭の姿。

バラ売りにされてしまうと決して分からない豚の姿。

知っているようで知らない、豚の姿。


エピエリでは、

バラで仕入れるのではなく敢えて半頭買いをおこない、

そのあとの豚の解体作業を通して、

わたしたちと同じように生きていたという

当たり前の事実に向き合います。

その部位の肉が、何故柔らかいのか。引き締まっているのか。

それも全体を知ることで、初めて見えてくることです。

 

食べものについて知るということの本当の意味は、

決してその味を知ることではなく、

その全体を見て、「だから」その味になるということを知ること。

そしてその全体とは、見かけのことだけでなく

生の背景、くらし、育ち、関わりのことです。

 

エピエリのスタッフは、どう調理するかをここから考えます。

手先で料理をし運ぶのではなく、こころをもって料理をしテーブルに運びたいと思います。

芋ケンピを食べて育ったイモ豚。

 

今日、もっと親近感が湧きました。

epi etriz